フクロウ学園
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中学2年 社会 歴史
1875年 樺太・千島交換条約
樺太・千島交換条約は、日露和親条約によって両国の雑居地とされていた樺太を譲り、千島全島を日本領とする条約です。
樺太は、オホーツク海西南部に位置する南北に細長い島です。ロシア名ではサハリンです。
1806年以来、樺太のことでロシアとしばしば争いがおきました。
1809年 間宮林蔵の探検で島であることを確認しました。
日露和親条約により、択捉以南は日本領とされていましたが、1867年の樺太島仮規則調印で樺太は両国の雑居地とされていました。
1870年 明治政府は、樺太開拓使をおいて、開拓次官黒田清隆に行政をさせましたが成果があがらず、ロシアの行政が進んでしまいました。
1871年 樺太開拓使は北海道開拓使と合併されました。
1875年5月7日 樺太の開発よりむしろ北海道の開発に専念することが得策との意見が高まり、ペテルスブルグ(レニングラード)でロシア公使榎本武揚とゴルチャコフのあいだで樺太はロシアに譲り、ウルップ島以北の千島全島を日本領とする樺太・千島交換条約が結ばれました。
他に樺太のコルサコフに来る日本船舶に10年間の港税・海関税を免除し、オホーツク海カムチャッカにおける日本漁業に最恵国待遇を与えるなどを定められました。