フクロウ学園

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中学2年 社会 歴史

1875年 愛国社の結成

 愛国社は、自由民権運動を行う政治結社です。

 愛国社は、自由民権運動を地方に広げるとともに、それを全国的に集中させることによって、国会開設運動の発展と自由党結成の基礎を築きました。
 1873年10月 明治六年の政変の後、11月に片岡健吉・谷重喜ら土佐出身の士族9名が東京で海南義社という政治結社をつくりました。
 1874年 士族らは土佐に帰郷して、板垣退助の帰郷を待って、4月16日に立志社をつくりました。
 立志社は、士族救済と授産事業を目的としていましたが、1875年末から1876年初めにかけて次第に政治結社となりました。
 1875年2月22日 立志社の板垣退助・片岡健吉らが大阪で同志を集めて、愛国社を結成しました。
愛国社は本部を東京にし、年2回大会を開くことを申し合わせましたが、間もなく解体しました。
 1877年6月 立志社は国会開設の建白書を政府に提出し、自由民権運動を行いました。
 1877年末ごろから立志社の同志や越前の杉田定一などにより、愛国社再興の準備が進められました。
 1878年9月11日 大阪で再興大会が開かれました。
 1879年3月 各地の自由民権運動の発展を反映し、第2回大会が開催されて18県21社が参加しました。
 同年11月 第3回大会が開催されて、国会開設の請願書の提出が決議されました。
 1880年3月 第4回大会では、2府2県、8万7000余人の署名人の総代として114名が出席して、愛国社は国会期成同盟へと発展しました。
 1882年5月7日 立志社は海南自由党と改め、同時に自由党に合同しました。