フクロウ学園

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中学2年 社会 歴史

1507年 細川政元(ほそかわまさもと)暗殺(あんさつ)

 1507年 細川政元が暗殺されます。
 1508年 足利義澄は細川政元の暗殺によって細川氏の内紛に巻き込まれます。
足利義稙はこの機を逃さず、大内義興(おおうちよしおき)・細川高国(ほそかわたかくに)らの援助で上洛を成功させます。
足利義澄は、義稙の上洛を聞いて近江に逃亡し、京都奪回を図りましたが果たせず、近江岡山城で亡くなります。
足利義稙は将軍に再任されます。
 1517年 足利義稙は大内・細川両氏の勢力の上で室町幕府の政治を行いましたが、細川高国と度々対立します。
大内義興が周防に帰国してしまい、義稙の地位が危うくなります。
 1521年 足利義稙は奉公人と共に京都から淡路へ逃げ、晩年は阿波平島(徳島県)に仮住まいしていました。
細川高国は播磨(兵庫)の守護、赤松氏に身を寄せていた足利義澄の子である足利義晴(あしかがよしはる)12代将軍に任命させます。
細川高国は管領に任命されます。